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2018年12月19日 
歴史

【長浜・小谷城】歴史初心者が現地ガイドさんに教わる山城の魅力

長浜のいろは食堂にて

長浜市内のいろは食堂にて
長浜市在住のスーパーフォトグラファー浅井千穂
「最近ね、長浜市内の浅井(旧浅井町)の方に引っ越したんで、近所のことや歴史をもっと知りたくなってね。」
川村さん
「じゃあ〜、戦国大名・浅井家三代(亮政・久政・長政)にわたって築いた小谷城を案内するよ。」
川村さん
小谷城歴史ボランティアガイド

川村 千恵さん

長浜市内のいざない湖北定住センターで勤務。小谷城歴史ガイドのボランティア活動をしている。歴史は武将よりも城郭が好き。

長浜市在住のスーパーフォトグラファー浅井千穂
「あ、でも歴史って信用してないんです。教科書の内容ってちょいちょい変わるし、だって“歴史ってファンタジー”じゃないですか?」
川村さん
「はぁ〜〜〜ファンタジぃ〜〜〜!?全然わかってないなぁ〜。ちなみに↓これなんて読むかわかる?」

これなんて読む?曲輪

長浜市在住のスーパーフォトグラファー浅井千穂
「まが、まげ、、き、き、、、きょくわ?」

いろはにて曲輪の説明を聞く浅井さん

川村さん
「歴史より国語の勉強が必要なんじゃないの?カラダで学んでもらうから、ひとまず小谷城へ行くよ!」
長浜市在住のスーパーフォトグラファー浅井千穂
「えー小谷城って山なんでしょ。山登りはちょっとな・・・。」










小谷城甲冑武者の会の中川さんよりお借りした甲冑です

小谷城甲冑武者の会の中川さんよりお借りした甲冑や槍や刀

鎧武者姿の浅井さん

歴史は覚えることが多いから、カラダで学んだ方が良い

「山登りにしては、ちょっとハリキリすぎじゃないですか・・・?」
「いいね〜!甲冑を着て小谷城に登城する人は、2000年代ではじめてなんじゃない(笑)」
「ハハハ、よく似合ってるじゃないか〜。」
「えっ、だれ?」
小谷城保勝会の中川 隆司さん
甲冑を作った人

中川 隆司さん

小谷城保勝会副会長、小谷城甲冑武者の会 理事とボランティアガイドをしている。小谷城や浅井家のことならなんでも知っている人。

「歴史は覚えることが多いし、浅井ちゃんにとことんカラダで学んで欲しいから、この甲冑を作られた中川さんに来てもらったの」
「はい、ガイドの中川です。どうぞよろしく!」
「おぉ、なんでも形から入るタイプだけど甲冑かよ〜。しかもやけに作り込まれているぞ。」

歴史のテストは、一夜漬け 小谷城址浅井三姉妹のふるさと 歴史が苦手な初心者が現地ガイドに教わる小谷城跡の楽しみ方とは?

ということで、今回は歴史がまったく苦手な人でも、山城めぐりを楽しめるのだろうか?気になったので、戦国大名浅井家の居城・小谷城(おだにじょう)を歴史ガイドの川村さん、中川さんに案内してもらいました。

小谷城とは?

小谷城 大河ドラマのロケ地
小谷城(おだにじょう)
戦国大名浅井家三代(亮政、久政、長政)の居城が小谷山(標高495m)にあった。攻めにくく守りやすい山城だったが、織田信長に攻められて落城(1570年-1573年)。

浅井長政とお市の方(信長の妹)の悲劇の舞台として語られており、浅井三姉妹(茶々、初、江)が生まれ育った城でもある。

現在は遺跡(土塁・曲輪・石垣など)が残っており、日本五大山城の1つに数えられ国の史跡に指定されている。

その① 小谷城で本物の山城を感じよう!

小谷城でガイドをする川村さん曲輪の説明

曲輪(くるわ)郭や廊とも書く
「ちなみにこれは、曲輪(くるわ)と読みます。お屋敷や、馬小屋、蔵があったり、緊急時には兵士たちが集まっていた場所です。」

小谷城の絵図

「これが小谷城の全体図だよ。山の中にはたくさんの曲輪があってこの曲輪がいくつも集まったのがお城なの。」
「へぇ〜!まさに要塞、山全体がお城なんだ。」

小谷城の歴史ガイド

「では、いくつか曲輪を見て行きましょう。」

番所(ばんしょ)の曲輪

小谷城の番所跡からスタートして本丸をめざす

監修:NPO法人 城郭遺産による街づくり協議会
資料提供:長浜み〜な編集室

小谷城の番所跡

「ここは番所跡があった場所。お城に入ってくる人や荷物を検査していた場所だよ。」
「怪しい人が入ってこないかボディチェックしていたんだね。そうか!曲輪って人工的に作っているから今見ると広場みたいですね。」

御茶屋跡(おちゃや)の曲輪

御茶屋跡(おちゃや)の曲輪

ガイドさんに小谷城の御茶屋跡の曲輪で説明を聞く

御茶屋跡(おちゃや)の曲輪

御茶屋跡(おちゃや)の曲輪

「おちゃやだって〜。カフェみたい。」
「お客さんにお茶を出したかもね。だけど軍事施設だった場所だよ。」

御馬屋(おうまや)の曲輪

御馬屋(おうまや)の曲輪

御茶屋跡の曲輪ガイドさんがいなかったらただの広場にしか見えなかったと思う。

曲輪の真ん中あたりに井戸があったようだ
「ガイドさんがいなかったらただの広場にしか思えない。」

今でも雨が降ると水がたまる

御馬屋の曲輪にある馬洗池
「ここ馬洗池は湧き水じゃないから、雨水を貯めたり、水を運んで貯めていたんだよ。」
「雨が降ったあとは、今でも水がたまるんだね〜。」

桜馬場(さくらのばば)の曲輪

桜馬場の曲輪

桜が綺麗な桜馬場は、季節によっては紅葉も綺麗です。

小谷城桜馬場

桜馬場の紅葉がとても綺麗

礎石がある建造物の基礎となる石

足元には均等に並んだ平たい石がいくつもある
「地面に平たい石が埋まっているね。」

小谷城の礎石。ここに昔建物がたっていた

「これは礎石(そせき)という、建造物の基礎となる石があるんだよ。この辺りには他にもお皿がでてきたり遺跡が発掘されているんだよ。」
浅井さん
「450年以上も前に、ここに建物があったんですね。馬を洗っていたり、来客をもてなしていたり、人が働いていたんだね。想像していくと、なんだかタイムスリップしてしまいそうや。」

下から見たら普通の山なのに、一歩足を踏み入れたら曲輪や石垣や土塁が見られる

「外から見たら普通の山なのに、一歩足を踏み入れたら曲輪や石垣や土塁が見られて、ものすごく考えられたお城があるでしょ。」
【POINT】小谷城の曲輪は大広間のような3,000平米の大きなものから、人が1人立つ見張り台ような小さな曲輪などを含めると1,300以上の曲輪が発見されています。

その② お殿様やお姫様も眺めた景色を一望しよう!

小谷城の足場は悪いけど、トレッキングシューズがあれば大丈夫です。

「もう少し登れば景色の良い場所があるよ。」

小谷城の展望台から見える景色が絶景すぎる

小谷城から見える琵琶湖

小谷城からの大パノラマは絶景です。遠くにびわ湖が見える

小谷城の桜馬場から見る景色はまさに絶景

浅井さん
「長浜とびわ湖が一望できる最高の景色ですね〜。お城から見おろすなんて殿様気分や〜!」

織田信長が陣を張った虎御前山との距離感がわかる

「目の前に見えるあの山は虎御前山といって、
「姉川の合戦(1570年-1573年)で、落城するまで、織田信長の軍が最前線の陣を築いた山だよ。」
浅井さん
「あ、織田信長は知ってる!でも浅井長政からしたら敵ですね。それにしても近すぎっ」

浅井長政やお市さまが見た近江の景色

「そう。戦いの距離感を感じるには、ここへ来ないとわからないことだね。」
浅井さん
「山の上だけあっていい景色や〜。総重量12kgの甲冑を着てここまで登ってきたご褒美やで〜。」

お殿様もみた長浜を一望できる景色が素晴らしい

【POINT】お殿様もみた長浜を一望できる景色が素晴らしいです。これにガイドさんの説明が入ると、小谷城を守るように配置された支城(しじょう)の山がたくさん見えることに気が付けるので、初心者でも立体的に戦国時代の歴史を楽しめます!

その③ 小谷城でストーリー性のある山歩きを楽しもう!

「どう?楽しめてる?これから本丸に向かうよ。」

鉄の門があったと伝わる黒金門跡

黒金門跡で実際に大河ドラマの撮影が行われた
浅井さん
「いよいよ本丸か!大河ドラマ『江』(2011年)で見たんですが、確か小谷城って焼け落ちたんですよね!」
小谷城甲冑武者の会 中川 隆司さん
「ん〜。本当はね、焼け落ちてないんだよ。」
浅井さん
「ほーーーら!やっぱり歴史は嘘つきだー!」
小谷城甲冑武者の会 中川 隆司さん
「ドラマとかはね、やっぱり脚色が過ぎる時もあって、それを見た人が本当にそうだったんだーと信じてしまうことがあるよね。小谷城に来た人の中にも、焼けてしまったと信じている人は多いよ。」

小谷城最大の曲輪大広間跡

小谷城の最大の曲輪「大広間跡」
浅井さん
「教科書が一番信用できるんですか?」
小谷城甲冑武者の会 中川 隆司さん
「んー、それもどうだろうね。年々いろんな発見があって、歴史は変わって行くものなんだ。その度に教科書を変えるわけにもいかないし。その時代、時代での権力者(勝者)によって書物は良いように書かれるから、歴史的資料も100%本当なのかはわからない。」
川村さん
「地元の人が代々受け継ぐ歴史の話もあって、その話が資料とは反対の話だったりもするんだよ。敗者は歴史を語れないからね。」
小谷城甲冑武者の会 中川 隆司さん
「例えば、世間では姉川の合戦で浅井軍はボロボロに敗れたってなってるけど、長浜・小谷の人たちや一部の歴史学者は、そうではなかったと話しているんだ。」

小谷城の本丸跡地

小谷城の本丸跡
「やっぱり歴史はファンタジーってことじゃないかー!間違ってないやーん!」
小谷城甲冑武者の会 中川 隆司さん
「ファンタジー?何いってるんだキミは。」
川村さん
「中川さん、ほっといて次の赤尾屋敷へ行きましょう。」

武者姿の浅井さんと中川さん川村さん

「ならば、ここではっきりさせよう。いざ!」

甲冑を着て抜刀まさに一触即発

刀を振り回す武者

長浜市在住のスーパーフォトグラファー浅井千穂
「この場でファンタジーにしてやる!」

受けて立つ槍の名手

2人の隙を火縄銃で狙う

戦国時代さながらの戦い

戦国時代さながらの戦い

「撃つよっ!!!」
長浜市在住のスーパーフォトグラファー浅井千穂
「ぐっ・・・。火縄銃か・・・。」
小谷城保勝会副会長 中川 隆司さん
「私たちは地元に伝わる浅井家の歴史を信じて、小谷までわざわざ訪れてくれた人に語っているんだよ。」
長浜市在住のスーパーフォトグラファー浅井千穂
「ファンタジーと言って悪かったよ・・・。歴史があるからストーリー性のある山登りができるんだね。」
【POINT】ガイドさんは浅井家の歴史も話しながら案内をしてくれます。歴史を知らなければ、ただの山登りです。

小谷城城主 浅井長政公は、450年近くたった今も人々に愛され続けている

小谷城の赤尾屋敷で浅井長政公が自刃された

小谷城の浅井長政公自刃の地である赤尾屋敷

「お供えがしてあるね。ここはお墓かな?」
川村さん
「ここが最後に浅井長政公が自刃された赤尾屋敷があったところ。自刃のとき、御年29歳だったんだよ。」
小谷城甲冑武者の会 中川 隆司さん
「小谷へ訪れる人や、地元のボランティアさんがお供えをしてるんだよ。命日には遠方から足を運んで大勢の人がここへ集まるんだ。」
「亡くなった歳が若すぎますね。」
川村さん
「長政公は、死ぬ前にただ感謝を述べる手紙をお世話になった家来の片桐直貞(片桐且元の父)に送っていたの。その手紙の内容がこれ」

浅井長政公が片桐孫右衛門に送った書状

浅井長政 最後の書状
今度、当城不慮に就き、此の丸一相残し候処、始末自余に混ぜず籠城候にて、忠節抽きんでられ候儀、比類無き御覚悟、謝し難く候、殊に皆々抜け出し候処、無二の様子、申す次第を得ずに候、中々書中にて申すに及ばず候、恐々謹言、
元亀四 八月廿九日 長政

片桐孫右衛門尉殿 御宿所

浅井長政 最後の書状より引用
小谷城甲冑武者の会 中川 隆司さん
「要するに、本丸を残すだけになったいま、多くの者が城を抜け出す中で、忠義を尽くすあなたには感謝しています。ということなんだよ。」
「すごい人やなぁ〜。そんな人だったんや。この手紙だけで人の良さが伝わってくるし、好かれるのもわかるな。私も見習わな。」
川村さん
「こんなことできないよね。それに感謝の手紙であって、次に仕える人への浅井長政公からの推薦状の意味でもあったんだよ。ガイドをしていて、この手紙の説明をするときが一番泣きそうになる。民に慕われ、450年近くたった今も愛される理由がわかるよね。」
小谷城甲冑武者の会 中川 隆司さん
「歴史は曖昧かもしれないけれど、人の思いが詰まっているから奥深く後世に伝わるんだ。これを知っている私たちは浅井家の歴史を大切に伝えていかないとね。」
「そういえば、曲輪も木が生い茂ることなく、綺麗に残っているし、歴史を残していくのも大変ですね。」

こんなところに石垣があったんだと喜ぶ川村さん

こんなところに石垣があったんだと喜ぶ川村さん
「今日歩いた山道は、台風の影響で倒木がたくさんあったけれど、地元のボランティアの人たちで片付けたり、大切に残されてるんだよ。」
「学校で学ぶ教科書の歴史しか知りませんでした。なんか歴史って紙の上で学ぶものじゃないのかな。こうやって教科書に載らない歴史がたくさんあって、人から人へ伝わるんだから、その土地に行って見て聞いてしか、知れないことがあるね。歴史はファンタジーって言ってた自分が恥ずかしいな、歴史はロマンやで!」
「ロマンか、まぁ〜それでもいいよ。小谷城戦国資料館がすぐ近くにあるから、資料館で勉強してから登るのもおもしろいかも。」

戦国ロマン小谷城戦国歴史資料館の顔ハメ看板

戦国ロマン!ここにきたら小谷城の面白さは倍増する
「今まで歴史を無視してきた人生を取り戻したいし、形から入るってのもいいね!もっと長浜の歴史を学びたいです!」
「だったら浅井という苗字も何かのご縁。来年の小谷城戦国まつりで甲冑を着てよ。ハハハ」

小谷城 歴史ガイドのご希望はこちらまで

小谷城の紹介をしましたが、実はほんの一部です。羽柴秀吉によって攻め落とされたと伝わる「京極丸」や、父である久政公が自刃された「小丸」や、「山王丸」もあるので次は行ってみたいです。

三人で笑顔の写真

小谷城へは、気候の良い春や秋の時期を見計らって行くと良いかもしれません、番所〜本丸までは、1時間もあればゆっくり景色を楽しみながらハイキング気分で登れます。(※10kg近くある甲冑を着ながらでも登れましたが、靴はしっかりとしたシューズがオススメ。)

鎧武者が小谷城に登城する

浅井長政公の小谷城の歴史ガイドのご希望はこちらへお問い合わせください。

名称 小谷城跡ガイド館 浅井三代の里(戦国ガイドステーション)
住所 〒529-0313 滋賀県長浜市湖北町伊部768
電話 0749-78-0300
営業時間 9:00~17:15(不定休)
アクセス 【車】
小谷城スマートICよりおよそ3分
長浜ICよりおよそ12分
木之本ICよりおよそ12分
【公共交通機関】
JR河毛駅からバスでおよそ10分
タクシーで5分 又は、レンタサイクルの貸し出しもあり(有料)
駐車場 有り(大型バス3台 乗用車20台)
お問い合わせ 一般社団法人北びわこふるさと観光公社

小谷城の御屋敷跡で建物の遺構が発見される(2018.12.11)

浅井長政公とお市の方が、普段生活したと伝えられる「御屋敷跡」から遺構が発見されました。

※これらの情報は掲載時のものです。変更される場合があるので、あらかじめご了承ください。
長浜市在住のフォトグラファー浅井千穂
この記事を書いた人

浅井千穂

長浜市在住のフォトグラファーです。長浜の人からは“あざい”さんとよく言われますが、あらためまして“あさい”です。旧浅井町に引っ越したので余計にややこしくなりました。
浅井千穂のWEBサイト,Facebook,Twitter,Instagram
浅井千穂が登場する記事はこちらにもたくさん! >

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