昔の写真と今の長浜を比べたらいつもの街がちょっと特別に見えた
長浜の街を歩いていると、「ここって昔はどんな場所だったんだろう?」と思うことがあります。
今では当たり前のように見ている建物や道路も、数年、数十年という時間の中で少しずつ姿を変えてきました。
昔の写真を見ていると、今とはまったく違う風景が広がっていたことに驚きます。
以前にも、写真を手がかりに、長浜の昔と今の風景を見比べました。
今回も昔の写真を手に長浜の街を歩き、当時とできるだけ同じ位置、同じ方向から現在の風景を撮影して見比べます。
この記事で使用している昔の写真を提供してくださったのは、湖北の風景や人々の暮らしを記録している「湖北アーカイブ研究所」さんです。
湖北アーカイブ研究所とは?
湖北アーカイブ研究所は、湖北の風景や人々の暮らしを写真などで記録し、未来へ残していく活動をされています。
所長の吉田一郎さんは、1960年代から湖北の農村や山間部を撮影。高時川源流の集落にも長年通い、そこで暮らす人々の仕事や祭り、日々の生活を記録してきました。
これまでに集められた写真は、約30万枚。写真展や写真集などを通して、今では見ることのできない湖北の風景や、そこにあった暮らしを伝えています。
昔の長浜の写真から、街の変化をたどってみよう
ここからは、1955年頃から1984年まで、約30年間に撮影された長浜の写真を、現在の風景と見比べていきます。
同じ場所でも、時代が変わればどんな風景になっているのでしょうか。
1955年(昭和30年)頃の長浜駅前通り、70年以上前の街の風景
まずは、1955年頃に撮影された長浜駅前通りです。
「駅前通りのどこだかわかりますか?」
写真は、「元浜町」の交差点から長浜駅方面、西側を見たもの。今から70年以上前の街の様子が写っています。
当時の建物や看板、道を行き交う人の姿。そして、現在よりもずっと狭い道路。
写真の奥に見えるドーム屋根は、「長浜信用金庫」です。
現在の長浜駅前通り元浜町交差点
できるだけ写真と同じ場所、同じ方向から撮影してみました。
道路は広くなり、周辺の建物や看板もすっかり変わっています。
それでも、写真の奥に見えていた「長浜信用金庫」は、今も同じ場所にありました。
街の多くが変わっているからこそ、こうして残っているものを見つけると、70年以上前の風景が少し身近に感じられます。
1962年(昭和37年)の長浜協映、浜京極にあった映画館
続いては、1962年に撮影された写真です。
こちらは、当時の「長浜協映」です。かつて浜京極アーケード商店街には、映画館がありました。
写真を見ると、大きな看板の下に映画館の窓口があり、当時のにぎわいが伝わってきます。
今では長浜からなくなってしまった映画館ですが、長浜協映は1996年に閉館しました。
90年代の子どもの頃には、まだここに映画館があり、夏休みになると映画を見に連れてきてもらったことを覚えています。
では、この場所は現在どうなっているのでしょうか。
現在の浜京極アーケード商店街
現在もアーケードは残っていますが、映画館があった場所は駐車場になっています。
今は曳山の写真が飾られており、映画館があった頃とは違った風景です。
映画館があった頃のにぎわいを思い出すと、少し寂しさも感じました。
当時の写真がなければ、ここに映画館があったことを忘れてしまっていたかもしれません。
写真を手に歩くことで、今の風景だけでは分からない街の記憶に気づくことができます。
1963年(昭和38年)頃の高田交差点、昔の看板やバスが残る風景
こちらは1963年頃の「高田交差点」です。
写真には、「吉田勘商店」と書かれた明治キャラメルの看板が見えます。向かい側にはタバコ屋があり、レトロな形のバスも停車しています。
当時の店や看板、道路を行き交う車などから、60年以上前の長浜の街の様子が伝わってきます。
現在の長浜駅前通り高田交差点
現在、「吉田勘商店」があった場所は不動産屋さんになっています。
周辺の建物や看板など、街の風景は大きく変わっていますが、道路の形には当時の面影が残っていました。
昔の写真と同じ場所に立ってみると、建物が変わっても、道路の形などに残る街の記憶を見つけることができます。
1965年(昭和40年)頃の長浜駅前通り、10年で変わった街の風景
次は1965年頃の長浜駅前通りです。
写真は、長浜駅前から東側、伊吹山の方向を見たもの。
先ほどの1955年頃の写真から、10年ほど後になりますが、同じ長浜駅前通りでも、建物や看板など、少しずつ街の様子が変わっています。
現在の長浜駅前通り伊吹山の方向を見た風景
現在の風景と比べてみると、建物だけでなく、道路や看板などにも変化があります。
右手に見える「えきまちテラス長浜」の屋根は、昔の「長浜信用金庫」と同じドーム型の屋根になっていることに気がつきました。
1955年頃、1965年、そして現在。
年代の違う写真を見比べると、長浜の街が一気に変わったのではなく、少しずつ姿を変えながら、今の風景になってきたことが分かります。
1971年(昭和46年)の長浜駅前、平和堂があった頃の風景
続いては1971年の長浜駅前です。
写真には、バスやタクシーが停車するロータリーが写っています。
駅の正面には「平和堂」があり、よく見ると、屋根に掲げられた平和堂の看板は、現在の2羽のハトマークではなく、初代のロゴマークです。
現在の長浜駅前ロータリー
50年以上の時間を挟んで、同じ場所を見比べてみます。
その後、平和堂長浜店は閉店し、ロータリー南側に「モンデクール長浜(平和堂)」がオープンしました。
さらに、旧平和堂長浜店の跡地には「えきまちテラス長浜」が整備され、駅前の風景は大きく変わります。
それでも、駅前が長浜の街の中心で、多くの人が行き交う場所であることは今も変わりません。
時代が変わっても、人が集まり、街へ向かう場所としての駅前の役割は続いています。
1971年(昭和46年)の長浜駅前通り、長浜信用金庫の昔の姿
同じ1971年には、長浜駅前通りの長浜信用金庫の外観を撮影した写真もあります。
当時の長浜信用金庫は、ドーム型の屋根をしていました。
この写真が撮られた2年後、1973年には長浜信用金庫の本店が新築されました。
現在の長浜信用金庫を見てみましょう。
現在の長浜信用金庫(本店)
現在の長浜信用金庫と見比べると、当時の建物の面影はほとんどありません。
昔の写真と現在の風景を見比べながら歩くと、街の中から昔の風景を探しているような感覚になります。
建物が建て替えられることで、街の景色も少しずつ変わっていきます。
1984年(昭和59年)の長浜東映、映画館があった場所
最後は1984年の長浜東映です。
1962年の長浜協映の写真から22年後。こちらも当時の長浜にあった映画館です。
写真には、映画館とともに当時の街の様子も残されています。
現在の滋賀銀行(長浜駅前代理店)
現在、映画館があった場所は「滋賀銀行 長浜駅前代理店」になっています。
映画館の姿はなくなり、現在は銀行の店舗として使われています。
昔の写真と同じ場所に立ってみても、今の風景からは、ここに映画館があったことは分かりません。
かつて長浜には映画館があり、そこへ映画を見に行く人たちがいました。
今の風景だけを見ていると分からない街の記憶も、昔の写真を手に歩くことで少しずつ見えてきます。
昔の長浜を知ると、今の街も少し違って見えてくる
今回は、湖北アーカイブ研究所さんからお借りした、1955年頃から1984年までの長浜の写真を手に街を歩きました。
建物や道路は変わり、街の景色も少しずつ姿を変えています。
でも、写真に残されているのは、建物や道路だけではありません。
駅へ向かう人、街を歩く人、映画館へ訪れる人。
湖北アーカイブ研究所に残されている写真には、その時代に長浜で暮らしていた人たちの姿や、当時の暮らしが写っていました。
そして、今私たちが見ている長浜も、何十年か後には「昔の長浜」になります。
街の姿は変わっても、ここで人が暮らし、歩き、日々を過ごしていることは、今も昔も変わりません。
そう思って長浜を歩いてみると、いつもの街がちょっと特別に見えました。
